「これ何? 」:修行・迷宮
「さとっても、なお修行の手綱を
緩めてはならない。」 (道元)
釈迦は、80歳で亡くなるまで、戒律を守り、
修行者として生きた。
このように、修行を完成したと思われる人でも
一生涯、心身を律することを実践しているので
「さとった」との思いがあっても修行を
怠ってはならないと道元禅師は教示しています。
簡単に「さとった」などとの思いは、
「おこがましい」と言うことなのでしょう。
なんだか、迷宮に入ってしまうような
感があります。
迷宮に入る事が、「さとり」につながること
なのかもしれません………。
* 小春日や 湖畔の風車 停止せり
2020.10.31.moai291