どういう意味?

「ことば」の解釈斜め読み

「ある個人的な思いⅢ(五輪報道形態)」

  「何これ? 」:悟り
 
 「悟りとは悟らで悟る 悟りなりけり
  悟る悟りは 危ないことぞ 」
                       (古歌:詠み人知らず)
 
  悟ろうとして悟ったとの思いに、真理はない。
  悟ったとの意識を持つこと自体、悟りではない。
 
【閑話休題】:「五輪報道形態」
 
 例えば、今回平野選手が「金メダル」を獲得しましたが、
この事象の表現形態についての受け取り方の違いを記す。
 
表現①
日本の平野選手がスノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得」
 
 この表現は、日本がスノーボード男子ハーフパイプと言う競技で、
金メダルを獲得した。その選手名は平野選手であったとの報道形態です。
平野選手は、日本の単なる「駒」にしか過ぎない。
 
 つまり、「日本」が勝ったと強調したい訳です。
まさに、「国別対抗戦」での勝利との報道です。→国が主。
 
表現②
「平野歩夢選手がスノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得」
 
 こちらの表現は、スノーボード男子ハーフパイプと言う競技で、
「平野」という選手が、金メダルを獲得した。
 
 ちなみに、その人の国籍は「日本」であったとの報道形態です。
「国」は、付随的な扱い。→個人が主。
 
 さて、五輪においては「国」と「個人」どちらが主なのでしょうか?
どちらが主なのかは、「言わずもがな」ですが………
 
 ちなみに私は、「表現②」がイイですネ。
 
 まあ、どっちでもイイと考えるのも、幸せでいいかも
知れませんが……
 
 「国、国」と強調しすぎて失敗した過去もあるので……
その様な方向に向かわない様に、気を張るべきかと………
 
 * カフェオレの湯気に感じる寒さかな
           2022.02.24/moai291